人形浄瑠璃に魅せられて
2018年03月14日
2月23日(金)は国立劇場で、3月10日(土)は府中の森芸術劇場と、立て続けに人形浄瑠璃(文楽)を観たせいか、妖艶な人形たちがまだ頭の隅に居座っている。
しかも、国立劇場でも、府中芸術劇場でも、最前列で観たので、人形の表情までも手に取るように見えて、人形の息遣いさえ感じてしまった。おまけに、太夫や三味線に近いほうなので、太夫の声も三味線も耳のすぐ横から迫って、人形浄瑠璃の世界に完全に入り込んでしまった。
◆国立劇場の演目は、「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」◆
摂州、つまり摂津 (せっつ) に住む主人公・合邦道心の、娘への父親の情の物語だ。
話の発端は、後妻に入った合邦道心の娘・お辻(玉手御前)が、先妻の息子の俊徳丸に恋をしたところから始まる。かなり強烈なストーリーだが、もちろん、実際はそんな下世話な話ではないのだが、真実を聞かされる前の、お辻の父・合邦道心が、苦しむ様が見どころだ。
人の道から、はずれようとする娘を父として戒めなくてはいけない道義心と、やはり父として娘を思いやる情愛の「はざま」で合邦道心が苦しむ姿を、人形遣い・吉田和生(よしだ かずお)が見事に熱演していた。
そして、わたしの大好きな桐竹勘十郎(きりたけ かんじゅうろう)が色っぽいお辻を繰っていた。感情が高ぶるお辻は肩で息をし、顔が振れる様は、生身の女性以上に女性らしくて、妖艶だった。
◆府中の森芸術劇場の演目は、「曽根崎心中」◆
近松門左衛門の代表作で、この作品が大当たりし、20年間に24作の世話物を残した。
元禄16年(1703年)4月7日の曽根崎の天神の森での心中事件を題材にしたもので、天満屋の遊女お初と愛し合う仲の醤油屋の手代徳兵衛が主人の強引な縁談を破談にするために主人へ返済しなくてないけない持参金をだましとられ、お初と共に心中するという物語だ。
手代の徳兵衛の人形を吉田玉男が繰り、お初の人形を吉田和生が演ずる。大好きな桐竹勘十郎に次いで、吉田和生はわたしのお気に入りの人形遣いの一人だ。
吉田玉男は偶然、襲名披露を見たりして、結構よく見ているが、先代の玉男は好きだが、今の玉男はまず女の人形は繰れないだろうなと思わせるぐらい、わたしの苦手な人形使いの一人だ。
ところで見せ場は、人形浄瑠璃では無理ではないかと思わせる演出になっていて、お初の着物の裾にかくれた徳兵衛が、一緒に心中をしようという互いの想いをお初の足を通して、確かめ合うというところ。女性の人形には通常、足はないが、縁台に腰掛ける着物の裾からお初の白い足がのぞいて、その足に頬をすり寄せる徳兵衛という「天満屋の段」は、衝撃の演出になっている。
また、最後の段の「天神森の段」の3人の太夫で語られる語りも素晴らしかった。特に、太夫はダミ声の太い声が多い中、朗々と美声でせつせつと謡う語りが、美しくも、悲しい心中の場を彩っていた。
しかも、国立劇場でも、府中芸術劇場でも、最前列で観たので、人形の表情までも手に取るように見えて、人形の息遣いさえ感じてしまった。おまけに、太夫や三味線に近いほうなので、太夫の声も三味線も耳のすぐ横から迫って、人形浄瑠璃の世界に完全に入り込んでしまった。
◆国立劇場の演目は、「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」◆
摂州、つまり摂津 (せっつ) に住む主人公・合邦道心の、娘への父親の情の物語だ。
話の発端は、後妻に入った合邦道心の娘・お辻(玉手御前)が、先妻の息子の俊徳丸に恋をしたところから始まる。かなり強烈なストーリーだが、もちろん、実際はそんな下世話な話ではないのだが、真実を聞かされる前の、お辻の父・合邦道心が、苦しむ様が見どころだ。
人の道から、はずれようとする娘を父として戒めなくてはいけない道義心と、やはり父として娘を思いやる情愛の「はざま」で合邦道心が苦しむ姿を、人形遣い・吉田和生(よしだ かずお)が見事に熱演していた。
そして、わたしの大好きな桐竹勘十郎(きりたけ かんじゅうろう)が色っぽいお辻を繰っていた。感情が高ぶるお辻は肩で息をし、顔が振れる様は、生身の女性以上に女性らしくて、妖艶だった。
◆府中の森芸術劇場の演目は、「曽根崎心中」◆
近松門左衛門の代表作で、この作品が大当たりし、20年間に24作の世話物を残した。
元禄16年(1703年)4月7日の曽根崎の天神の森での心中事件を題材にしたもので、天満屋の遊女お初と愛し合う仲の醤油屋の手代徳兵衛が主人の強引な縁談を破談にするために主人へ返済しなくてないけない持参金をだましとられ、お初と共に心中するという物語だ。
手代の徳兵衛の人形を吉田玉男が繰り、お初の人形を吉田和生が演ずる。大好きな桐竹勘十郎に次いで、吉田和生はわたしのお気に入りの人形遣いの一人だ。
吉田玉男は偶然、襲名披露を見たりして、結構よく見ているが、先代の玉男は好きだが、今の玉男はまず女の人形は繰れないだろうなと思わせるぐらい、わたしの苦手な人形使いの一人だ。
ところで見せ場は、人形浄瑠璃では無理ではないかと思わせる演出になっていて、お初の着物の裾にかくれた徳兵衛が、一緒に心中をしようという互いの想いをお初の足を通して、確かめ合うというところ。女性の人形には通常、足はないが、縁台に腰掛ける着物の裾からお初の白い足がのぞいて、その足に頬をすり寄せる徳兵衛という「天満屋の段」は、衝撃の演出になっている。
また、最後の段の「天神森の段」の3人の太夫で語られる語りも素晴らしかった。特に、太夫はダミ声の太い声が多い中、朗々と美声でせつせつと謡う語りが、美しくも、悲しい心中の場を彩っていた。
Posted by kamome at 15:53│Comments(0)
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